三田天満神社

三田天満神社は凡そ千数百年以前に三田神祠(じんじ)と号し大歳大神(おおとしのおおかみ)をお祀りしてきました。

その昔、菅原道真公の神輿のお休み処であったという、ゆかりの深い所と言い伝えられ、全国に一万二千あります天神様のうちの二十五社天神の一つとして京都・北野天満宮、大阪の天満天神と並び称せられる神社です。

駐車場も完備しており、駐車場の横に石の鳥居とその先の随神門が 迎えてくれます。

随神門は明治17年(1884)に再建されたもので、三田出身の文部官僚で男爵の、九鬼隆一による「遺徳燿萬春(徳を遺し萬春に燿く)」の扁額が掲げられています。

享保19年(1734)に火災で社殿・社宝・記録などが焼失しますが、その後、三田藩七代藩主・九鬼隆由(たかより)が元文4年(1739)に寄進・再建したのが現在の本殿となっています。

境内には、能舞台のような「舞殿」と呼ばれる立派な舞台が有ります。

『三田市史』には神宝として「翁面一面」と記されており、この神社でも能楽が舞われたと思われます。

また、隣に在る天神公園は桜の名所で、春には大勢の人で賑わっています。